恐怖の喚起

u-book2008-12-17



推理小説の祖といえばエドガー・アラン・ポーであるとさまざまな折に触れて耳にしてきましたが、なるほど、作品を読めば一目瞭然。納得せざるを得ない技術がたしかに存在しています。コナン・ドイルシャーロック・ホームズアガサ・クリスティーエルキュール・ポアロモーリス・ルブランのアルセーヌ・ルパンもみんなここから出発して枝分かれしたのだと、一度でもその作品を読んだことがある人なら思わずにはいられないでしょう。それくらい後世への影響は大きかったということが、この短い一編を読んだだけで、しかもまだ途中ですが、大いに確信できます。


さて、奇怪なる殺人事件の概要。


今暁三時ごろ、サン・ロック地区の住民は、レスパネエ夫人とその娘カミイユ・レスパネエ嬢との居住する、モルグ街の一軒の家屋の四階より洩れたらしい、連続して聞える恐ろしい悲鳴のために、夢を破られた。通常の方法で入ろうとしたが不可能だったので少し遅れ、鉄梃で問口を打ちこわして、近隣の者八、九人が憲兵とともに入った。(中略)
ここではレスパネエ夫人の姿は見えなかった。が、炉のなかに非常に多量の煤が認められたので、煙突のなかを探ってみると、(語るも恐ろしいことだが!)頭部を下にした娘の死体がそこから引き出された。そのせまい隙間にそうしてかなり上まで無理に押し上げられていたのである。体は十分温かだった。調べてみると、多くの擦り傷があったが、これはたしかに手荒く押しこんだり引き出したりしたためにできたものである。顔面にはひどい掻き傷が多数あり、咽喉にも黒ずんだ傷と、深い爪の痕があって、被害者は絞め殺されたようであった。
家のあらゆる部分をくまなく捜索したが、それ以上はなんの発見もなく、一同はこの建物の裏にある石敷きの小さな中庭へ出ると、そこに老婦人の死体が横たわっており、その咽喉が完全に切られていたので、体を起こそうとすると頭部が落ちてしまった。頭も胴もおそろしく切りさいなまれ、――胴のほうはほとんど人間のものとは見えないくらいであった。
(20項)

推理小説を読めば、やはり自分も推理に参加してみようと、事件現場の状況など頭に思い浮かべながら考えようとしますが、これでは恐ろしくて推理などしようがありません。読者の恐怖を喚起するのに、たったこれだけの文字列しか必要としなかった作者の技術に脱帽です。




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