SMALL STEPS

『歩く』



主人公は高校生の男の子、アームピット。数年前に「グリーン・レイク・キャンプ」という、いわゆる少年矯正施設送りになった彼は、今では真面目に学校に行き、せっせと働いて、小さな一歩を積み重ねる生活を心がけています。

彼が「グリーン・レイク・キャンプ」送りになったのは、麻薬をやったからとか、恐喝をしたからとか、ナイフで人を傷つけたからとかいうのではなくて、特大サイズのカップに入ったポップコーンを持って、映画館で座席の間を通り抜けようとして、高校生ふたりが座っている前を通ろうとしたら、ひとりが足を前に出してきたのでつまずいて、持っていたポップコーンを高校生の頭の上にこぼしてしまって、大声で怒鳴ってきた高校生に、「そっちこそポップコーン代を弁償しろ」と言い返して、決着がついたときにはふたりの高校生は入院していた。からです。

要するに、ただの喧嘩ですね。


十四ヶ月間、「グリーン・レイク・キャンプ」で穴を掘り続けたアームピットは、施設を出る前にカウンセラーからこう言われます。

あなたはキャンプに入る前から、人生は不公平だと思っていたでしょうけど、あそこ(グリーン・レイク)から出ると、その不公平さは倍になるのよ。
あなたの人生は、いわば激流のなかを上流に向かって歩いていくようなもの。それを乗り切るコツは、小さな一歩を根気強く積み重ねて、ひたすら前に進むこと。もし大股で一気に進もうとしたら、流れに足元をすくわれて下流に押しもどされるわよ。

その言葉を深く心に刻んで、しっかり勉強をして、試験でもいい点数を取って、稼いだお金をこつこつと貯金している彼が、でもやっぱり下流に押し戻されそうになる話です。

今回の彼の大股の一歩は「ダフ屋」行為。友達のX・レイが、人気歌手のコンサートツアーのチケットを、先に買い占めて売りさばこう、という話を持ってきます。一枚五十五ドルのチケットを六百ドルで売ろう、と。ずいぶんな強気です。でも、別の地域で七百五十ドルで売れたんだから六百ドルでも絶対に売れると、X・レイはやる気まんまん、自信たっぷりです。アームピットは決して当てにならないとわかっていながら、結局はその話に乗ってしまいます。そうして彼の一歩は、彼の意思とは関係なく勝手な方向へと向かっていくわけです。

アームピットの一歩、最後はちゃんと彼の意思に戻ってくるかしら。



ルイス・サッカー著『歩く』金原瑞人・西田登訳 講談社