「いまのはマクベスです」

いやー、実におもしろいミステリーでした。パズルのピースはそれぞれのしかるべき場所にきちんと組み込まれている。それらが探偵の手によって抜き取られ、一枚の絵になったときの鮮やかさ。華麗なる推理とはこれぞまさしく、と言ったところでしょうか。いやー、いいですね。シンプルかつエレガントです。現代作家の描くミステリーとの格の違いを感じずにはいられません。第一にパズルのピースの出来ばえからして違います。もともとが一枚の絵になっている事柄を切り取って、散りばめて、他の多くの事象の中に紛れ込ませるのが作家の仕事だとするなら、その絵の切り取り方がまず全然違う。切り口に澱みがなく、容赦がなく、曖昧さがない。だからピースの一枚一枚の完成度が違う。いやー、全然違う。ブラボー。あと、これは個人的な趣味ですが、物語にヒーローがいるのはやっぱりいいです。最近の作家は誰もヒーローを書かなくなった。絶対的な存在に懐疑的な傾向が強いようです。ヒーローの型がもう出尽くしてしまった、という観もあるかもしれません。ヒーローが生き残っているのは、あとは少年漫画だけでしょうか。

まあ、それはさておき。

刑事でありながらなんの糸口もつかめないサムと、事件の全貌を掴んでいるかのような発言をするドルリー・レーンとの会話。

「階下へ行きましょう、警部さん。どうやら『考えを行動に移す』時期がきたようです。したがって――『考えたら行う』ときがきました」
二人は階段に向かった。サムはレーンの胸の筋肉を見ながら、にやりとした。「レーンさん、私も、どうやらかぶれてきましたよ。そういう芝居の文句が気に入ろうとは思いませんでしたが、シェークスピアという男は、なかなかうまいことを言いますね。いまのはハムレットのせりふでしょう?」
「どうぞお先へ」二人は薄暗い建物のなかに入り、曲り階段を降りはじめた。幅の広いサムの背中にレーンが笑いかけた。「むやみやたらとそのデンマーク人の言葉を引用するわたしの悪い習慣から、当てずっぽうを言われたのでしょうが、外れました。いまのはマクベスです」

こういう問答、わたし大好き。




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