奈津子さんの言い分


最後まで読んでどっと肩が重たくなりました。大空を仰いで深呼吸をしたくなりました。息苦しさが残り、泣きたいのに泣けない悲しさが胸を燻りました。



祐也との幸福な生活を手に入れても、そこに幾度となく現れ飛鳥を脅かし続けたのは、本岡家の次女奈津子でした。彼女は飛鳥と同い年であり、一度は離れたものの高校でまた同じクラスになるという運命を果たします。

その奈津子さんですが、わたしはこの人を最後まで嫌いになれませんでした。見事なヒール役なんですけどね。主人公の飛鳥を手離しで好きになれなかった、応援できなかったというせいもあるかもしれません。でも奈津子さんを嫌いになれなかった一番の理由はこのセリフではないかと思います。(これは、飛鳥に罵声を浴びせた奈津子を、飛鳥の友人である中原順子が批判し、その順子に向けて奈津子が言ったセリフです。)

あなたはこの人(飛鳥)を知らない。小さな悲しみや傷を決して忘れず大人になるにつれ陰険な復讐心を心に育てる猫のような性格を知らないのよ。この人には感情の流れがない、冷却した恨みだけで息をしている。物事に対して熱い涙をこぼせないし、非を詫びる率直さも罪の不安におののく弱さもないのよ。ただあきらめたような投げやりなふてぶてしさだけなのよ。昔からそうだったわ。絶対に人に心を開かない、他人を信頼できない性格よ。中原さんも今に思い知らされるはずよ。(122項)


飛鳥をさんざんいじめた張本人が言うことの愚かさを別にすれば、飛鳥に対するこの批判はいかにも適切だとわたしは思ったのです。だからと言って、わたしまでが飛鳥のこの性格を「悪」だと言いたいわけではありません。ただ、奈津子さんの批判は、それはそれで適切な分析だと思ったのです。ただ飛鳥をそういう方向に仕向けたのは、ほかでもない奈津子さん自身ですから、それを棚に上げているところは救いようがないのですが、そうしてできあがった飛鳥の心の模様は誰よりも的確に表現できていると思うし、その心の模様が見えてしまうのであれば、奈津子さんのいじわるの原因もわかるような気がしたのです。奈津子さんからすれば、自分よりも弱い立場のはずの人間が、自分の知らない種類の強さを秘めていることに対して恐れていたに過ぎません。その恐れを自分がなんとしてでも優位に立とうとすることでしか打ち消す方法を知らなかった。そして飛鳥には、奈津子さんのその弱さに対する寛大さがなかった。物語の最後まで、そこだけはまったくと言っていいほど育っていない。不当にいじめられた、わたしは悪くない、だから許せない。その方向にしか矢印が向いていない。その点において、わたしは飛鳥を評価できない。そしてその点において、わたしは奈津子さんも飛鳥と同じだと思うです。


奈津子さんに対する評価をお持ちの方がいらっしゃったら、是非感想をお聞かせください。ぺこり。





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