わたしは泣きそうになりました。 

u-book2009-02-03


id:maxbaoさんが教えてくれた岡嶋二人の『タイトルマッチ』。話の進み方が抜群にうまい。子供が誘拐されてから見つかるまでの3日間、それはたったの3日間だけれど、3日あればいろんなことが起きます。そのいろんなことの持ち出し方がうまいなぁと感じるのです。

主人公は連れ去られた赤ちゃんの父親である最上永吉ですが、別にこの主人公は大したことはしません。何もできなくて辛く悔しい思いをしている、そういう父親の気持ちを代表する形での主人公です。事件を追っているのは当然、警察です。よって活躍しているのも警察です。この警察がすごい。でもそれはたとえば卓抜した頭脳、あるいは指導力を持つ誰かがいる、というわけではありません。まさに警察が警察たる所以である組織力がすごいのです。

わたしはこれまでに警察小説と呼ばれるものをいくつか読みましたが、警察がすごいと思ったのはこの本(おそらく「警察小説」とは呼ばれないと思いますが)が初めてかもしれません。いわゆる警察小説というのは、警察の内部を舞台にして警察組織の穴や欠陥を問題視するような作品が多いかと思うのですが、この作品はそういう視点で描かれているわけじゃない。警察を主人公にしているわけでもない。だからヒーローもいないし、全員、ただの警察官なのです。黒い手帳をもって、人に話しを聞く。それだけなのです。でもそこからポロポロとこぼれ落ちてくる本当に些細な事実のひとつひとつが積み上げられたとき、これが組織力というものだと感じたのです。

事件は東京で起きているけれど、静岡で捜査をしている警察官もいます。ひとりひとりが事件のすべてを把握しているわけではない。被害者の家族にだって会っているわけじゃない。とにかく上の人から「こいつを探せ」とかなんとか命令されて、必死に探すわけです。手がかりになりそうなものを拾って、報告する。その報告を聞いて上が判断する。その結果、また別の司令がくだされる。そしてまた動く。その繰り返しです。

事件は会議室で起きているんじゃない、とは有名なセリフになったけれど、あれは青島刑事がヒーローだからこそ言えるセリフで、本当の警察というのは、やはり会議室がないとダメなんです。というよりもあの会議室こそが警察の最大の武器であり強みなのだと思うのです。

人はいつだってヒーローに憧れるけれど、ひとりひとりにできることはいつだってちっぽけなことしかなくて、でもそれが本当に大事なことなんだなぁと、この作品に出てくる警察の人たちを見てまたそう思いました。


最上は、ソファに背をもたせ、そっと目を閉じた。
健一に呼び掛けた。
みんなが、やってくれてるからな、健一。お前を助けるために、みんなが精一杯やってくれてるんだぞ。だから、お前も頑張るんだ。
大きくなったら、ぜんぶ話してやるからな。どんなことが起こって、どんなふうにお前が助かったかってことをな。すごくたくさんの人たちが、お前のために一所懸命にやってくれたんだ。
(220項)

わたしは泣きそうになりました。

<'09.1.29.芳林堂書店高田馬場店にて>






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