『戻り川心中』連城三紀彦


愛知県名古屋市生まれの早稲田大学卒。なんとまあ、同郷の先輩ではないですか。いや、学部が違う(華の政経に比して、わたしは今は消滅した二文卒)から先輩と呼んだら怒られるのかな。いや、そんなことが言いたいのではなかったのでした。名古屋出身の人の作品とは思えない、ということが言いたかったのでした。


住めばわかると思うのですが、名古屋という町は創造性にとても乏しいのです。町が物語をまったくと言っていいほど持っていません。それなりに人口規模のある都市なのでモノはそろっているけれど、そこにあるだけなのです。つながりを感じにくいし、だから広がってもいかない。全体としてそういう町です。この町の文学性は皆無だと、わたしは思います。


だから、

色街には、通夜の燈がございます。


なんていう冒頭を書かれると、いったいこの作者はどこで暮していたのだ、と思わずにいられません。名古屋から生まれた一文でないことだけは確かなように思います。東京という感じもしないけれど。



わたしはこの最初の一行で、この短編集の評価をほぼ決定しました。秀作。駄作なわけがない。そしてその評価は短編集の最後まで裏切られることはありませんでした。グレイト。特に、人の動作や挙措を包む空気の現れ方には脱帽です。空気の動きを捉えることで人の動きが表されているような文章。風が吹いて花びらが舞うその中に、人の動きがあり、心の揺れがあるのです。


さらに、ミステリーとしても一級品なのではないでしょうか。ミステリーのトリックは普通、犯行現場や道具や時間に存在すると思うけれど、この物語の仕掛けは人の心に存在しています。それも別の文章であったなら生々しくドロドロとした愛憎劇になりそうなところを、確かな腕がそれをことごとく振り切って、愛の姿も、憎しみの形も、毅然とした輪郭で描かれています。美文。


どれかひとつ挙げるなら、わたしのお気に入りは、うーん。「花緋文字」