神様からひと言

u-book2007-08-04



「お客様の声は、神様の一言」


本社一階ロビーに大きく掲げられた「珠川食品」の社訓。この社訓の元で、汗を流し、頭脳を駆使し、忍耐を強いられている社員、佐倉涼平の「ここまでは我慢できるけど、これ以上は無理です」物語。


大手広告会社から「珠川食品」に転職したばかりの佐倉涼平は、新商品のネーミングに関する会議に出席します。涼平にとっては、転職後の自分に用意された最初のステージ。数ヶ月を費やして考えたネーミングと、そのプレゼンテーション。ところがいざ出席してみれば、上司たちの押し問答が繰り広げられるだけで、涼平のネーミング案に耳を貸そうとするものはいません。自分のネーミング案を聞いてもらおうとして声をあげれば、隣りに座っていた直属の上司が涼平の靴を踏んづけ、無言で「黙れ」の合図。自分の数ヶ月が無に終わってしまう。ピカピカに磨き上げているモレスキーのローファーが踏まれている。いたたまれなくなった涼平は、上司に向かってこう言います。


「きたねえ靴をどけろ」

あーあ。言っちゃった。


さらに、そう口走った涼平の足を蹴った上司の足を、蹴り返してしまったから大変です。上司は椅子から転げ落ちて、会議はめちゃくちゃ。でももっと大変だったのは、そうした涼平が次に飛ばされた先が「お客様相談室」だったこと。リストラ要員の強制収容所。世に言う(もう言わないか)「ショムニ」ですね。


デスクにいても爪を切ってばかりで、部下に自分のお茶を入れさせる支持しかできない、役立たずの本間室長。仕事のストレスで人としゃべれなくなってしまった、見た目は業務用冷蔵庫並みの体格をした神保君。業務日誌と言う名の「反省レポート」を来る日も来る日も休みの日にも書かされ続け、吐血して入院してしまった山内君。アニメオタクでフィギュアコレクター、わかりやすいネット住人だけどわかりにくい敬語しか使えない羽沢君。元社長秘書で社長夫人に配置換えさせられた、驚くほどまずいお茶しか淹れられないけれど、他人の身につけているものの値踏みする能力は超一級品の、美人でグラマラスな宍戸さん。毎日遅刻、日曜日は必ず競艇、お客様への慰謝料を着服してギャンブルに使ってしまう「お客様相談室」一番のベテラン、篠崎さん。そして、上司を蹴っ飛ばして島流しにされ、同棲していた女性にも逃げられた物語の主人公、佐倉涼平


お客様の声は、神様の一言。


彼らの声は、いったい誰に届くことやら。




荻原浩著『神様からひと言』光文社>