きらきらひかる

u-book2007-10-11



情緒不安定でアルコール依存症の笑子。ホモで特定の恋人がいる睦月。「脛に傷持つ者同士」のふたりの結婚生活。

笑子はちょっとしたことですぐに泣きます。怒って物を投げつけます。手に負えないなぁ、と思います。客観的に見て、相手は何も悪いことはしていないのです。ほとんど八つ当たりです。でも「善良」な睦月が笑子を責めることはありません。辛抱強く待って、やさしくなだめて、笑子のためにお風呂を沸かし、食事の準備をします。その「善良」さがまた、笑子をひどく残酷な気持ちにさせるのです。なんでもないことでつっかかり、意地悪なことばかり言って、それでも睦月が腹をたてるどころかなおも優しいと、笑子の残酷さはさらにエスカレートします。そして睦月を傷つけている自分の言葉のあまりのトゲトゲしさに、笑子自身がたまらなく後悔するのです。

そして、そういう笑子を見て、睦月は自己嫌悪を感じているのです。「自分は何もしてあげられない」と。笑子にも恋人が必要なのだ、と。



最初から結婚なんてするべきじゃなかったのだ、と言ってしまうのは、このふたりの問題を考える上で真っ当な意見だとは思います。でも、誰かを必要とし、誰かに必要とされ、そのことについてお互いができるだけの思いやりを持って、ふたりにとって一番いい関係を作っていきたい、という希望の結果でもあるのです。まあ、しかたなかったんですよ。ふたりにとっては。



笑子を見ていると、やだなぁ、と思います。めんどくさいし、理屈は通用しないし、怒りや悲しみの在り処が想像の及ばないところにある。そして、そういう傾向はわたしの中にもある、とわたしは経験的に自覚している。だから、やだなぁ、と思う。あれはたぶん、何かと何かと組み合わせなんです。誰に対しても、どういう状況であっても、そういう傾向が出てくるわけではありません。でもそういう傾向が出てきたときは、わたしは問答無用で逃げます。もう全く太刀打ちできないので。相手や環境から離れます。



笑子は、戦っています。それが良いことかどうかは別の問題としてありますが、何かの偶然で組み合わさった関係の中で、どうにかこうにか戦っています。




うーん。。わたしはやっぱりこれからも逃げようと思います。






江國香織著『きらきらひかる』新潮社>