出口のない海

u-book2008-03-22



第二次大戦中のひとりの野球部員の話。


甲子園の優勝投手として将来を期待されていた並木浩二。しかし彼は大学に入ってすぐ肘を壊し、マウンドに立てなくなります。根気良くリハビリを続け、できる限りのトレーニングもしましたが、肘が完全に元に戻ることはありませんでした。再起不能。信じたくなくても誰もがそう思わざるを得ませんでした。


でも、並木浩二は諦めなかった。


自分の肘ではもう速球は投げられない。みんなの期待に応えられる球はもう投げられない。投げられないのに野球をしたって意味がない。潔く辞めよう。何度も胸のうちで言い続けたけれど、辞められないままに日々は過ぎ、そしていつしか彼には新たな可能性が見え始めていました。


魔球。


速球がだめなら、誰も見たことのない新しい変化球を編み出せばいい。


「俺は魔球をつくる。」

しかし彼の目の前に落ちてきたのは軍からの指令「学徒出陣」。それまで徴兵を猶予されていた学生もみな、軍へ送り込まれることになりました。
軍隊への入営前に行われた野球部の壮行試合の日、並木浩二は誓います。


またここへ帰ってこよう。このグラウンドでいつか魔球を完成させよう。

この小説は、第二次大戦という強力な時代を背景にしていますが、描かれているのは野球に情熱をかけているような、まだ夢や希望を捨てていない青年たちのひとりひとりの「姿」です。毎日朝起きて、ご飯を食べて、好きな野球をして、戦争について議論をし、何がかっこいいとか、何が悲しいとか、何が大切かというようなことを当たり前に考えて、家族のことを想い、仲間のことを想い、自分の夢を想い、国のことを想い、好きな相手のことを想う。
戦争という巨大な怪物の中にあるちっぽけな人の生、希望、期待、願い、祈り、微笑み、怒り、不安、安らぎ。
爆弾が降ってこようが、船が沈没しようが、飛行機が墜落しようが、そこには常に想いを持った人の姿がある。



だから世界はいつも、人の想いを自由に羽ばたかせることのできる大地であってほしいとわたしは思う。そのために自分にできることを考えたい。でも頭の悪いわたしには思いつかないかもしれない。思いついたとしても実行する能力がないかもしれない。それでも、してはいけないことならわかる。誰にだってわかる。たとえば爆弾なんて降らせちゃいけない、とかね。



いつになったらみんなで守れるようになるかな。





横山秀夫著『出口のない海講談社