サマータイム



最初から最後まで読んで、『サマータイム』というタイトルが爽やかに動き出す、そんな短編。


小学五年生の進(すすむ)がプールで出会ったのは、左腕を失った二つ年上の男の子、広一(こういち)君。母親がジャズピアニストの広一君の家にはグランドピアノがあり、彼は右手だけで「サマータイム」のメロディをずいぶん華やかに弾きます。そのメロディを静かに演奏をする広一君に、進の心は自然と魅かれていきます。

「好きな曲をぼくが右手のパートだけ弾くと母さんが伴奏をつけてくれる。知らない曲でもぼくの勝手な思いつきの節でも、ぜんぜん平気。最高、気分いいんだ。キセキみたい。」


進は役に立たない自分の左手を握りしめ、せめて姉の佳奈ほどでも弾けたらなぁ、と思うのです。


それが進と広一君の最初の出会い。


ひと夏を終えて広一君は引っ越してしまったけれど、以来、夏になると毎年必ず進の頭の中で鳴り続ける『サマータイム』のメロディ。右手だけの力強いピアノのタッチ。広一君がいなくなっても、メロディはいつも響く。


そういう夏の出会い。


六年後に彼らが再会したとき、彼らの『サマータイム』はまるで風を切るように鳴り響きます。
進の『サマータイム』と広一君の『サマータイム
数年を経た彼らの『サマータイム』は、お互いの胸にどんな風に聴こえたのかな。