悲しみというりっぱな名前

ものうさと甘さとがつきまとって離れないこの見知らぬ感情に、悲しみという重々しい、りっぱな名をつけようか、私は迷う。その感情はあまりにも自分のことだけにかまけ、利己主義な感情であり、私はそれをほとんど恥じている。ところが、悲しみはいつも高尚なもののように思われていたのだから。私はこれまで悲しみというものを知らなかった、けれども、ものうさ、悔恨、そして稀には良心の呵責も知っていた。今は、絹のようにいらだたしく、やわらかい何かが私に蔽いかぶさって、私をほかの人たちから離れさせる。

自分の感情に「悲しみ」という名前をつけようかどうしようかで迷う、と主人公は言う。なんとも詩的な小説です。目の前にある事実や、それを体験して沸き起こった感情を淡々とありのままに述べているような平たい文章のようでいて、おそろしく冷やりとした熱がいたるところに潜んでいます。その熱に触れないように気をつけていないと、ちょっとでも身体が触れた瞬間に大きな打撃に襲われそうな気がします。抜き足差し足で進みたいのに、恐ろしさのあまりついつい足早になってしまう。そういう危ういバランスの小説。


女たらしで、仕事上手で、いつも好奇心が強く、飽きやすく、そして女にもてた父。その父を愛し、溢れるような愛情をかけられている娘のセシル。父のアマン(情人)であるエルザ、そして死んだ母のふるい友人であるアンヌ。

17歳の彼女を取り囲む大人たちの愛情や、心の弱さや、それぞれの変化を、その目で敏感に射抜き、反抗心を抑えられないセシル。その感情の行き着く先が、悲しみ。


よくできてます。ホントに。



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