損得

司法試験を間近に控えた江藤は問題のヒントを得るため、やはり司法試験を受けたことのある従兄、小野精二郎を訪ねます。小野はすでに3回不合格となっており今年で4回目の受験となります。まだ27歳の彼には妻と、4歳と1歳の子供が二人いました。想像に難くなく小野家の経済状況は逼迫しており、それは江藤が訪ねた家や家族の様子からも明らかでした。

試験内容について一通り話が済むと、おもむろに小野が江藤に「金はあるか」と尋ねます。江藤が「少しある」と答えると、酒を一杯ご馳走してくれないかと言います。金がないためにもう四ヵ月も酒を飲んでいないのだと。


江藤賢一郎はそれを聞いたとき、この従兄と自分の間に遠い距離を感じた。おそらくこれから先、小野を訪ねて来ることはもうあるまい。彼に会うことは自分にとって、マイナスにはなってもプラスになることは無いだろうと思った。一杯の生ビールは経済的には問題ではない。しかしそれを従弟にせびって、四ヵ月ぶりに酒を飲もうとする小野精二郎の心のみじめさが不愉快だった。この男は今年の試験にも落第するに違いない。筆記試験には合格しても、面接の試験官は小野の精神の卑屈さを見落す筈はない。(90頁)

人は、自分にとってプラスになる相手とマイナスになる相手というのを、自分の幸福のためにはやはりできるだけ正確に判断しなければならないのだと思います。プラスマイナスの基準や程度の差はあっても、きっと誰しもが「損得で」相手を「選んで」生きている。そういう思いに直面すると、いっきにため息がでます。

人間ってめんどくさいね、ほんと。






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