ドイル自薦No.11『マスグレーヴ家の儀式』
ここまでわたしが読んできたホームズ作品の中で、ホームズがワトスン君と知り合う前に手がけた事件として描かれているのは、これが初めてではないかと思います。ホームズシリーズは基本的にワトスン君が語り手となって事件を記述しているけれども、この作品はそういうわけで、ワトスン君が読者に向けて事件を語っているのではなく、ホームズがワトスン君に向けて話聞かせているという形をとっています。
マスグレーヴ家に伝わる儀式文をその家の執事がこっそり盗み見していたのを捕まえて咎めたところ、数日後にその執事が身の回りのものはすべてそのままに行方をくらましてしまい、さらにはその家に使えていた女中までもが失踪してしまったという事件。
マスグレーヴ家の主人がばかげたものだとさして問題にしなかった儀式文。事件はもちろんこの儀式文と大いに関係しているのですが、わたしは事件のこととは無関係に、この儀式文に記された問答がとても美しく、詩的で、暗唱してしまいたいくらいとても気に入っています。
そは何人のものたりしや?
ゆきたる人のものなり。
そは何人のものたるべきや?
来るべき人のものなり。
何月になりしや?
最初より第六番目なり。
陽はいずこにありしや?
樫の木のうえに。
影はいずこにありしや?
楡の木の下に。
いかに歩みしや?
北へ十歩、而して十歩、
東へ五歩、而して五歩、
南へ二歩、而して二歩、
西へ一歩、而して一歩、
かくして下に。
いかにわれら守るべきや?
われらの持つすべてをかけて。
いかなればわれら守るべきや?
信と義とのゆえに。(162-163項)
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