<伊坂幸太郎月間>『アヒルと鴨のコインロッカー』

u-book2009-05-22



まず、わたしは河崎君に同情できない。こういうところ、わたしは本当にだめなのです。小説だろうがなんだろうが、セックスに対する彼のような無責任さをわたしは許すことができません。


若々しい正義感や、爽やかだけれど切ない友情、心の大事な場所に隠してある壊れやすい思い出や、小さな勇気。彼らのそういう純粋な部分に触れれば、やはり胸は痛むし、肩入れしたくもなる。でもわたしはやっぱりよくないと思う。よくない、と言いたいと思う。「彼」は無関係の人間を巻きこんで事件を起こした。無関係の人間に殺人の片棒を担がせようとした。もう二度と「裏口から悲劇」を起こしたくない彼は、無関係の人間を騙して裏口に立たせた。


あとになって「裏口の悲劇」を知らされたわたしは、そのときの「彼」の怒りや痛みを思って胸が締めつけられました。そしてわたしも裏口を深く憎みました。もし彼の犯行時、裏口に立たされたのがわたしがだったなら、ボブ・ディランの「Blowin' In The Wind」を腹の底から大声で歌い叫び、裏口のドアをそれこそライフルで打ち抜かれているんじゃないかと疑われるくらいに激しく蹴り叩いてやったに違いないと思います。


でももし、わたしが「彼」だったなら、誰も裏口には立たせなかったと思うのです。「裏口から悲劇は起きる」ことを知っているわたしは、たとえ誰であっても、裏口だけには絶対に立たせなかったと思うのです。それをやった「彼」のやさしさを、わたしは100パーセント信じることができないのです。


フィクションなんだから、信じられなくてもいいのかもしれないんだけどさ、さ。