<約束月間>『ミスター・ヴァーティゴ』


id:huyukiitoichiさんとの約束です。ミスター・ヴァーティゴの感想文をわたしも書きます。


通して読むのは、3回目、かな。ポール・オースターはわたしの好きな作家ベスト10に間違いなく入るし、その彼の作品『ミスター・ヴァーティゴ』はわたしの好きな小説ベスト10に入る、と思います。『ムーン・パレス』や『偶然の音楽』と比べると、人間の深みにはまっていくところが少しライトになっていて、物語のストーリー性がより生き生きとした作品。オースターの作品群においては異色の類に入るのかもしれません。そうはいっても、オースターはオースターだし、柴田元幸柴田元幸なのだということは、もちろん十分感じさせてもらえるけれど。


わくわくします。最初から最後まで、この作品でわたしはずっとわくわくできる。だって、人間が空を飛ぶんだよ? 飛べるようにしてやるって言われて、信じ難い悲惨な修行をして、ある日ふと、体が宙に浮くんだよ?すごくない?いや、すごいんです。ウォルト・ザ・ワンダーボーイ。最高。そして、そこはオースターだから、最悪なことも腐るほど出てくる。『ムーン・パレス』を読んだときも『偶然の音楽』を読んだときも、それ以外の作品(前の2作品が特に好きなのです)を読んだときも、オースターという人はそんなにやさしい人じゃない、ちょっとどっかで根性が曲がってしまった人に違いないと思ったけれど(そしてわたしはそういう人が嫌いじゃない場合が多いのだけれど)、『ミスター・ヴァーティゴ』ほど、オースターを酷いと思った作品はない。多くの読者から怒りの手紙が届いたに違いないとわたしは信じている。なんてことしてくれるんだ、と読みながらなんど胸の中で叫んだことか。漫画『ワンピース』でクロコダイルがバナナワニに食わせたのが実は偽物の鍵だったのを知ったときと同じくらいの怒りを、なんど抱いたことか。『ドラゴンボール』でクリリンフリーザに殺されたときと同じくらいの悲しみを、なんど堪えたことか。オースターめ。作者のくせに。


というわけで、夢中になって読みました。3回目でも変わらないね。


『ミスター・ヴァーティゴ』は、もちろん作品のおもしろさだけでもわたしにとっては稀有な存在だけれど、でも、この作品をより特別たらしめているのは、やっぱりさ、最後だよね。わたしは本をよく後ろから読んでしまったりするのだけれど、それは、その物語がどこに向かって進んでいくのかを先に知っておきたいからで、物語の途中でどうしても、自分の歩みが主人公と同じ方向に向かっているのかを確認したくなったり、でなければ修正したくなったり、するのです。わたしの場合、物語の先に驚きは求めていないから(結果的に驚くことができれば、それはそれでもちろん楽しいけれど)、ミステリーだろうと冒険小説だろうと時代小説だろうとなんだろうと、わりと平気で、後ろから読みます。そうすると、読者であるわたしは、自分がたどりつく先を知りながら、その行き着いた場所を常に見つめながら、主人公と一緒に物語を歩んで行くことになる。わたしはそれが好きなのです。
そして、わたしにとって本当におもしろい、わたしの心を掬いあげてくれるに違いないと思える小説は、そこにたたどり着くために、この数百ページの長い道のりを主人公と一緒に歩きたいと思える小説なのです。


『ミスター・ヴァーティゴ』は、見事にやってくれました。結末がわかっていて、わたしはそれを目指してウォルトの苦難の道を傍観しながら一緒に歩きました。わかっていた結末は、ウォルトと歩く前はただの結末だったけれど、ウォルトと一緒に歩いてたどり着いた結果、光り輝きました。鳥肌が立ったほどに眩しかった。見事だと言うしかない。この最後にたどり着きたくて、なんどでも読み返してしまう。この最後を知っていることが、わたしの胸の真ん中に明かりをひとつ点してくれている。


あー、わたしも空飛びたい。