『密閉教室』法月綸太郎


法月作品2作目。1作目は短編集でしたが今度は長編。長編であるということを除いても、1作目とはずいぶん趣が違います。主人公が高校生だからかもしれません。大人の渋さがありません。でも、このリーダビリティはさすがだと思います。何を書いてもやっぱり法月は法月、と思わせられるものがあります。特に印象的だったのは、真部君が語る自殺行為へ向う心の過程、あと、大神先生が中町君の死を自殺だと解き明かすところ。全体の青臭さから見れば良くも悪くもここだけちょっと飛び抜けている感じがわたしはするのですが、トリックの出来ばえだけでなく、作者の作家としての優秀さが感じられる箇所だと思います。


ちょっと昔話を。


わたしは頭の悪い高校生でした。勉強は嫌いではなかったけれど、高校は嫌いでした。授業も嫌いだった。高校の先生もだいたいあんまり好きじゃなかった(←本当にどうしようないくらいむかつく奴もいたけれど、そうでもない先生もいたので、平均して、ちょっと遠慮もしての「あんまり好きじゃない」ね。)。そのせいかなんなのかわからないけれど、わたしは大学に行きたいとはこれっぽっちも思っていませんでした。大学、なにそれ? まだ勉強するの?うーん、興味ない。と思ってました。受験のジュの字も考えなかった。とっとと卒業して、東京に出て、働いてひとり暮らしするって思ってました。本当にバカな高校生だったのです。みんなが何してるのか、世の中がどうやって動いているのかということへの関心が、掛け値なしにゼロだったのです。高校3年生の4月までは、そうでした。


高校3年生の4月に、ひとりの先生に出会いました。田平先生といいます。世界史の先生でした。名前も知らないし、顔も見たことのない先生でした(わたしの高校は人数だけは多いマンモス校だったので、卒業するまで知らない先生も同級生もけっこういます)。田平先生の授業が始まって10分も経っていなかったと思いますが、もうすでに、わたしは絶対大学へ行く、と心に決めていました。4月の最初の授業の導入で、受験に関することを田平先生は話したのだと思いますが、先生が何を話して、わたしはその話の何に反応して、大学進学を決意するに至ったのか、まったく覚えていないし、よくわかりません。あれから10年以上経つけれど、あの瞬間のことはずっと新しくて、強烈で、そして不可思議だった。だって、わたしはただ自分の席で先生がみんなに向って話しているのを聞いていただけです。大学という単語が発せられた時点で自分には関係ない話だなと思ったので、どちらかというと傍聴者だった。


高校教師というのは社会的に最も手なずけやすい人種である。彼らは力のある者に対しては簡単に隷従してしまう。たとえ相手が反社会的存在であろうとも。

『密閉教室』の中の一節です。実際どうなのか自分で確かめる術はないけれど、でも思い返してみるに、わたしが好きになれなかった彼らは、そういう人種だったのかもしれないと疑うことができます。そして、田平先生は、絶対にそうではなかったと言い切ることができます。田平先生は、力のある者に簡単に隷従してしまう人ではありませんでした。そういうことを何よりも嫌っていました。権力と戦う先生でした。わたしが田平先生に出会って大学進学を決めたあの瞬間、わたしは田平先生が話していた内容よりも何よりも、田平先生のその戦う姿勢を本当にかっこいいと思ったのだと思います。


ようやく12年目の解答は、大好きな読書からもらいました。