『MOMENT』本多孝好

『世界の中心で愛を叫ぶ』の片山恭一、『いま、会いにゆきます』の市川拓司、彼らと同種の作品を書く作家なのだという印象があって、手を出す気になれずにいたのですが、先入観は払拭されました。


元来が疑り深いねじ曲がった性根のわたしは、『MOMENT』も「どうせ偽物の善人が、偽物の善人を助けたり、求めたりして、偽物の愛を愛する話なのだ」と思って読み始めました。そして「はいはい、勝手にしてくれ」と思うのだろうな、と思っていました。


そんなことはありませんでした。


死ぬ前にひとつ願いが叶うとしたら…。病院でバイトをする大学生の「僕」。ある末期患者の願いを叶えた事から、彼の元には患者たちの最後の願いが寄せられるようになる。

「僕」が叶える4つの願い。4つの物語。



ACT.1 「FACE」

ある家族に近づいて欲しい。素性を明かさずに、いかにも偶然知り合った風にその家族と接触してほしいんだ。深い付き合いじゃなくていい。その家族がどんな風に暮らしていて、どんなものを大事にして、どんなことに喜びを感じているのか。それを教えて欲しい。俺はそれで満足する。その家族が感じる喜びを自分のものみたいにして、納得して死んでいきたいんだ

心温まる結末に誘われているのだと思っていたら、実はしゃらくせえ願いでしたね、おじいちゃん。個人的には心温まる結末がよかったので、ちょっと残念。


ACT.2 「WISH」

修学旅行で知り合ったその人を見つけて、一緒に撮ったその写真を渡して欲しいんです。あと、できれば、会いに来て欲しいって伝えて欲しいんです。

ひとつのはずだった願い事をふたつ叶えてもらった美子ちゃん。


「三つ目にセックスっていうのは?」


ちょっと欲張り過ぎですね。わたしだったら、セックスを一つ目の願い事にするのに。


ACT.3 「FIREFLY」

もしも今年と同じような夏がきたら、そのときは私を思い出して。

しばらくぶりにかっこいい主人公だなと思っていたけれど、ここACT.3 に至り、きゃっ。とハートつきの悲鳴をあげた29歳アライグマ♀ 「もう帰ろうって言わないのね」と呟いた女性に主人公が返したこの名セリフ。


「デートを終わらせるのは女性の役目です。引き延ばすのが男の役目。」


そういえばあのとき、デートを終わらせようとしたのは彼でした。引き延ばしたのはわたし。ああ。現実は無情ですね。


THE FINAL ACT 「MOMENT」

そうだよ。いっそ殺してくれって、そう願うか。

ファイナル。ACT.1〜ACT.3 をとても上手にまとめています。死を目の前にした人たちの、それぞれの願い事。その願いを前にした人の、それぞれの行い。死はまだ遠くにある僕と森野の現在。どれが重要かの順位なんてつけられないけれど、物語の中では、等しく、きれいでした。