『盤上の敵』北村薫


紙を広げペンを持って30分くらい机に向かって、あっちやこっちに散らばった意見の断片をまとめようとしてみましたが、うまくいきませんでした。あっちの意見とこっちの意見を結ぶ紐を探しているうちにそれらの意見はどうでもいいことのように思え、ひとつのまとまった形にしようという意欲はなくなってしまいました。


わたしがこの作品について何か言いたいことがあるとすればそれはたぶんひとつだけで、あちこちに散らばった感想の断片は、おそらく感想文のために引っ張り出してきた体裁に過ぎず、「体裁」と「感想」とを無理矢理結ぼうとするから、うまくまとまらないのです。


だからたったひとつしかないけれど、言いたいことだけを書きます。


わたしはある事件が、女性が暴行された(要するにレイプということですが)ことを動機にしている話が、とても嫌いです。行為としては卑劣で残酷だけれど、思いつきとしてはすこぶる安易で単純です。人としての嫌悪感はもちろんあるけれど、作品を読む読者として、まずその乖離に受け入れ難いものがあります。他に考えられないのかと、いつも思います。