『偶然の音楽』ポール・オースター


再読ですが、まさか「この小説こんなにおもしろかったっけ・・・」と思うとは思ってもみませんでした。ポール・オースターの『偶然の音楽』。もちろん、前に読んだときもおもしろかったのです。好きな作家は?と聞かれたら、わたしはポール・オースターの名前を挙げないわけにはいかないし、その作家のオススメの作品は?と聞かれれば、これまでずっと『ムーン・パレス』と『偶然の音楽』と答えてきました。『ミスター・ヴァーティゴ』も当然大好きですが、個人的に色々と事情があって、これを紹介するときは相手を選びます。それはさておき。


『偶然の音楽』を再読して「こんなにおもしろかったっけ・・・」というのは、驚きとともにショックでもありました。なんだわたし、これまで全然この物語を楽しめてなかったんじゃん。


あらすじはこうです。行方不明になっていた父親の死の知らせとともに、その遺産として主人公のところに弁護士が持ってきたのが2千万ドルの大金。それを手にした主人公は車を走らせることに夢中になって、お金がなくなるまでずっとアメリカ中を走り続けます。そんな生活がとうとう13ヶ月目に入ったところで、ひとりの若者と出会います。彼はポーカーの天才(らしい)で、これから大富豪と大きな賭けをする予定があるのに、元手の金がないと言います。そこで主人公は自分の運命ごと手元にあった金を、彼に賭けることに決めるのです。これが前半。


後半はこのふたりが壁を立てます。なんの比喩でもありません。正真正銘の「壁」です。広大な野原の真ん中にでーんと大きな石壁を作り上げるべく、一からこつこつと石を積み上げるのです。よくよく考えてみれば奇妙な話です。ポーカーをしていたと思ったら、壁を作り始めるのです。でも「あれ、なんだかおかしな展開になっている」と思い至る頃にはもうすべてが物語のエネルギーにのみこまれています。わたしが読んでいるのは「彼らが何をしているか」ではなく「彼らが何を見ているか」なのです。そうなってしまっているのです。


最初から最後までずっと「かっこいい」。それがわたしのポール・オースターの作品に対する感想の常です。「かっこいい」以外にいったいなんて言えばいい?


しかし欲を言えば、この作品はラストがいまいちです。いえいえ、オースターの作品を指して「ラストがいまいち」なんて身の程知らずもいいところですが、読者とは常にそういうものですから許していただくことにします。(しかも前に読んだときは「なんてかっこいいラストシーン」って思ったから、全然アテにならない。)しかしその不満ももちろん、他があまりにもかっこよすぎるからなのは言うまでのないですよね。ともかく、オースターはかっこいい。


そうそう、新潮文庫版で小川洋子が最後に数ページの文章を寄せていますが、その中に「題名の出所は、トレーラーハウスでのパーティーの夜、デザートを運ぶナッシュが賛美歌を歌うところ。偶然口をついて出てきた音楽。ここにあると信じている。」と書いています。いやいや、わたしは違います。絶対、206頁だと思う。