『ミーナの行進』小川洋子


まゆるんがプレゼントしてくれました。小川洋子『ミーナの行進』。


以前に読んだ『猫を抱いて象と泳ぐ』での読書経*1から教訓を得て、最後までずっと「だまされるもんか」と思って読んでおりました。いつなんどき、どんな悲劇が待ちかまえているか、わかったものじゃないのです。メルヘンチックな物語に思えても、かわいらしい挿絵があっても、いえいえ、わたくしもう二度と油断はいたしません。と、思いながら読みました。


でもこの物語に、少なくともわたしにとっては、大きな悲劇は用意されていませんでした。あくまで『猫を抱いて象と泳ぐ』に比べればということですが。


描かれているのはとても小さい世界だけれど、この物語世界の外にとても大きな世界を感じることができます。この小さな物語の世界は、外側の大きな世界によって守られ、ときに苛められ、でもなにかしらの形で愛されている、というようにわたしには感じられました。この物語を読み終えた今は『猫を抱いて象と泳ぐ』もそういう世界だったような気がします。物語世界が、外側の世界からなにかしらの形で愛されている、と。


『猫を抱いて象と泳ぐ』でわたしはある悲劇を経験しました。その悲劇をわたしはとても憎みました。なんてことをしてくれたんだ、と思いました。そしてなぜあの物語にあの悲劇が必要だったのか、どんなに考えてもわかりませんでした。今でもわかりません。でも『ミーナの行進』を読んで、ひとつの可能性を考えることができました。小川洋子という作家は、悲劇の中から美しさ取り出そうとする人なのではないか、と。ある悲劇の中からプカっと浮かんだ儚くも確かなきらめきのようなものを、手のひらに乗せて大切に見つめることが、彼女にとっての美しさなのではないか、と。


とてもやさしい文章だった、ほんと。




P.S. まゆるん、「あゆにゃん」はカバーの裏側に貼ってあります。




*1:(過去の記事をご参考ください「vol.1」及び 「vol.2」