アパート


外階段をカンカンと駆け上がる靴音

ピンと張ったふくらはぎ 揺れるスカートの裾

肩にかけたバッグの中 きこえる 鍵のついたキーホルダー


白いやかん 小さなコンロ 

こげ茶色の座布団 僕はあぐらをかいて

君の後ろ姿を眺める


長い髪の先が小さく震えて

蛇口から流れる水の音が静かで

花柄のスリッパは床をなめらかに 泳ぐ


折りたたみのテーブル広げて

ふたつのマグカップ並べて

にっこり微笑んで「ゆっくりしてね」


でも君はまだ立ったまま 立ち去って 

遠くから 洗濯機の回る音 


窓の外は高層マンションのコンクリート

蜜柑色のカーテンは夕焼けのよう


部屋のすみにはうっすらと埃がかぶって

小さな本棚には丁寧に並べられた物語

壁にかかったハンガーにひとつ 紺色のダッフルコート


この部屋には何もない

優しい肌触りのカーペット

仕事のはかどるデスク 居眠りのソファー

おいしいケーキの焼けるオーブンも

夕焼けの見える窓も


洗濯機の回る音 君はカップを片手に

でもまだ 壁にもたれたまま


時を刻む音 この部屋にはなくて 僕の鼓動

冷えたフローリングの床 僕は

君のスリッパとつま先の間にある温度を想う

眠るソファーがないから 僕はここで夢を想う


君のやわらかな声と 君の手にあるマグカップ

おでこの前をのぼる吐息と 上気する頬

君がとなりにすわって 膝の上にあごをのせて 


何もない部屋で 僕は夢をみる


洗濯機の終わる音 君は立ったまま

僕はゆっくり立ち上がって 君のとなりにならぶ


ふたりの目に 午後5時の夕焼け色