『虞美人草』夏目漱石


『坑夫』を読んでおもしろかったから、次に『春』を読んだけどおもしろくなかったので、今度は遡って『虞美人草』を読みました。おもしろかったです。


みんなは小学生の頃に学校でやったことで、いちばん得意だったことは何だったでしょうか。わたしは国語がいちばん得意科目だったんだけど、中でも「朗読」が図抜けて得意だったんです。教科書の中にある文章をできるだけ間違えずに読む、ということです。


あるテキストを順番に読まされたことがありました。間違えたりつっかえたりした時点で次の子に順番がまわる、というようなルールで。だからわざと真剣にやらなかったり、故意に間違えて自分の読む分を少なくした子もいたとは思うんだけど、その子たちが真剣になったときのことを考えなければ、クラスでいちばん長く読めるのはわたしでした。自分でも不思議なくらい間違えなかった。ずっと読めて、最後までひとりで読んじゃうこともありました。国語のテストではわたしより点数の高い子はたくさんいたけど、朗読でわたしより間違えずに読める子はいなかったんです。すごく得意だった。


朗読をした作品の中でいちばん好きだったのが宮沢賢治の『オツベルと象』で、わたしはこの作品の冒頭を今でも空で言えるのだけど、口を動かして発音して読むのがすごく楽しい小説なんです。


虞美人草』を読んで、『オツベルと象』のことを思い出したんです。単語や内容のレベルで考えたら『オツベルと象』のほうがずっと簡易で『虞美人草』の漢語の教養とは比較にならないのだけど、一文が始まってから句点までの躍動感というのがどちらにもあって、それがでたらめな躍動感ではなく、どこか規則正しい、楽譜でいうなら一小節の中におさめられた音符のような礼儀正しさがあります。自由だけど、規則正しく、のびやかな文章。


空で朗読できるくらいになりたいと思ったのは、いつぶりだろう。