『モーツァルトは子守唄を歌わない』森雅裕
第31回江戸川乱歩賞受賞作。東野圭吾の『放課後』と同時受賞だそうです。わたしは東野圭吾という作家はまったく好きじゃない(というのは、要するに嫌い)ので、こっちのがおもしろかったらいいなと思って読んでいました。そして読み終わったときに、さてどっちのがおもしろかったかなと考えたら、もはや『放課後』という作品を読んだときの記憶がほとんどないことに気がつき、比較はできませんでした。でも、『放課後』よりも『モーツァルトは子守唄を歌わない』のが、ずっと好感をもって読んだことはたしかです。楽しいし、心優しい。『放課後』は、嫌いだと思ったことだけはよく覚えているのです。
ルートヴィッヒ・ヴァン・ベートーヴェンと、その弟子カール・チェルニーが探偵役となって、ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルトの死にまつわる陰謀を解き明かそうとするミステリー。ベートーヴェンの交響曲のように重厚な、あるいは、モーツァルトの管弦楽のように清廉な筆致ではなく、どちらかというとチェルニーのピアノ練習曲のように規則正しさが立った物語だったように思います。
ベートーヴェンの音楽に大きな感動を抱いているわたしは、ベートーヴェンという名前からはどうしても彼の音楽の壮大さを心に描いてしまいます。本作はその描かれた壮大さを埋めてくれる作品とはならなかったのですが、それでもひとつのキャラクターとしてのベートーヴェンを楽しく垣間見ることができました。そして、個人的にとても嬉しかったこの一文。
ベートーヴェンに憧れる楽生として登場するフランツ・シューベルト少年が言うのです。
僕は将来、作曲をやりたいんです。
それで時々、不安になるんです。
先生の・・・ベートーヴェン先生の後から出た作曲家に、一体、何ができるのかと・・・」
わたしはシューベルトが好きになりました。