『贋作【坊っちゃん】殺人事件』柳広司


本家本元、夏目漱石の『坊っちゃん』が、わたしはとても好きです。軽快なリズムで読者の視線をそよ風に乗せてしまうあの文章がとても好きです。


『贋作【坊っちゃん】殺人事件』は、その『坊っちゃん』と同じ一文で始まります。「親譲りの無鉄砲で小供のときから損ばかりしている」。そうやって始められたことで、わたしの体には瞬間的に『坊っちゃん』のリズムが戻ってきました。あの軽快さ。それを『贋作【坊っちゃん】殺人事件』の作者も、とても意識したのだと思います。作品を通してできるだけあのリズム感を再現しようと試みたように感じました。


坊っちゃん』を素材にしたこの推理小説は、物語の展開を見れば楽しいアイデアであることがわかります。加えて『坊っちゃん』が好きなわたしは違う形で「坊っちゃん」が見られることだけで、すでにうれしく思っていました。だから基本的には最初から最後まで楽しく読んでいたのだけれど、うーん、でも残念ながら、ひとつの「推理小説」としては物足りなさを感じました。推理や謎解きの展開がちょっと乱暴に思えた部分があったり、解答への道筋が性急でもったいなかったり。「大きな正解」に比して「式が小さい」のではないか、という気がします。


ただ、物語が「清の墓」で終わるところはさすがです。