『御手洗潔のメロディ』島田荘司

朝の読書習慣2015の1

御手洗潔のメロディ (講談社文庫)

御手洗潔のメロディ (講談社文庫)

読んだことがないと思って手にしたけれど、「レストランの便器が何度も壊される」という奇異な事件はどこかで聞いた記憶があって、しかも文章ではなくて映像で見たことがあるような気がしたので「ドラマ化されたのを見たのかな」などと、いい加減な疑問とともに読み始めました。疑問は的外れでしたね。ただ読んだことがあっただけでした。

どういう展開だったのか、どういう解決だったのか、何一つ思い出せないのに、読みながら頭に思い描く映像は、記憶の映像と一緒で。数年経って同じ文章を読んでも、同じ映像をわたしは思い描くのだなと、小さな役に立たない発見をしました。


4つの短編が収録されています。

突然現れて消えてしまった謎の美女を探してほしいという依頼と、レストランの便器が何度も壊される嫌がらせに困っているという相談の間に、あっさりと関連性を見出した御手洗。彼に言わせると「両者は政治と汚職のように密着している」ということなのです。
でも石岡君にはさっぱり見当がつきません。古新聞を押し付けられて「二つの事件につながりのありそうな記事」を捜せと言われても、何を捜せばいいのかわかりません。御手洗に説明を求めると「説明している暇はないからひとりで考えろ」と跳ね返される始末。

「IgE」は、読者側には到底できないような推理が多様にあって楽しめますが、わずかな情報からでも事件の真相にとっとと気がついて、ぱっぱと動き出したいかにも有能な御手洗に、頭も身体も一歩も追いついていない石岡君との、ふたりのやり取りが大変微笑ましく、わたしはこちらのほうにより魅力を感じた一編でした。思うに、石岡君が御手洗を尊敬しすぎていないのが、いいのかもしれません。

他に、高校の英語研究会の生徒が外国人高校生の身障者のために催したコンサートで、アイドル歌謡が専門の石岡君が大活躍する「SIVAD SELIM」。<ZAKAO>という名前の自動車修理工場の看板の<Z>の字に、何度も銃弾が打ち込まれたことに端を発した「ボストン幽霊絵画事件」。あと、どうやら御手洗と石岡君とのつながりの始まりが描かれていると思われる「さらば遠い輝き」が収録されています。御手洗潔の魅力に心奪われながらも、石岡君への興味もつのらせていたわたしは、ここでふたりの始まりの一端を読んで、他の事件簿も読んでみたくなったのでした。