『雁』森鴎外

朝の読書習慣2015の12

雁 (新潮文庫)

雁 (新潮文庫)


読んだあとに時間が経ち過ぎてしまって、感想文が一行しか思いつかなかったのでもう一度読み直しました。もう一度読み直したら、一回目よりもさらにおもしろかったので、読み直してよかったです。


時代は明治13年。大学生の岡田と、高利貸しの妾になったお玉との静かな出会いが、岡田と同じ下宿屋に住む友人「僕」の回想形式で綴られます。


なんてことはない話なのです。岡田が通る散歩の道で、少し寂しい感じのする家の格子戸を開けて入っていく女と目が合い、そのときはそれだけで忘れてしまったけれど、次また同じ家の前を通ったときにふと思い出して目を向けると、女の顔が窓にあって、岡田を見て微笑んでいるのが見えた。以来、岡田がその家の前を通るときに、女の顔を見ないことはない。岡田はとうとう、女は自分の通るのを気をつけて待つようになったのだと判断した。そしてある日、窓の前を通るときに帽を脱いで礼をした。寂しい微笑みの顔は、華やかな笑顔になった。それから岡田はきまって、窓のお玉に礼をして通るようになった。


この小説は、お玉を想うようになった岡田の話、というよりもむしろ、岡田を想うようになったお玉の話、といったほうが当たっていると思います。それまでが取り立てて自己主張のなかったお玉が、岡田を知って、だんだんに、ひとり生きていく強さのようなものを備えていくのがわかります。恋をして夢中になっているというだけではなく、本来の明るさを取り戻していくような、そういう様子が描かれているようにわたしには見えました。ただ残念なことには、このふたりはなにも展開しないのです。岡田がお玉を助けるような場面があるのですが、外面的にはそこがふたりのいちばんの接近で、それ以外はなにも起きないのです。最後まで岡田は、お玉の前を礼儀正しく通り過ぎるだけでした。


展開してほしかった。という惜しさが強く印象に残るのは、名作の所以ですね。


高校で『舞姫』を読まされたときに森鴎外が嫌いになったけれど、でも「森鴎外が好きだって言えたらちょっとかっこいいかも」と思っている人にオススメです。