<夏目漱石月間>『三四郎』vol.3


広田先生の引越しを済ませたところまで(103項)読みました。


誰かが誰かと知り合うことや、誰かが誰かと並んで歩くことや、誰かが誰かを会話をするという日常。そうした、ただそこにあるだけの事実が、夏目漱石の文体の上に乗るとアートになる。


野々宮君の妹の病室を出た三四郎が、池で見かけた女性(美禰子)に再び会うシーンです。


挨拶をして、部屋を出て、玄関正面へ来て、向うを見ると、長い廊下の果(はずれ)が四角に切れて、ぱっと明るく、表の緑が映る上り口に、池の女が立っている。はっと驚いた三四郎の足は、早速の歩調に狂(くるい)が出来た。その時透明な空気の画布(カンヴァス)の中に暗く描かれた女の影は一足前へ動いた。三四郎も誘われた様に前へ動いた。二人は一筋道の廊下の何処かで擦れ違わねばならぬ運命を以て互いに近付いて来た。すると女が振り返った。明るい表の空気のなかには、初秋の緑が浮いているばかりである。振り返った女の眼に応じて、四角のなかに、現れたものもなければ、これを待ち受けていたものもない。三四郎はその間に女の姿勢と服装を頭のなかへ入れた。(60-61項)

小説なのに、まるで映画のワンシーン。





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