『私はあなたの瞳の林檎』舞城王太郎

全3編の短編集

3編とも、大人ではない年齢の男女が主人公で、「教室」から線をめいっぱい伸ばしていった広がりで舞台もできていたように思います。

物語は登場人物たちの晴れ晴れとした会話に推進されて、恋心の告白だけでなく、深刻な相談も、暗い心情の吐露も、決意表明も、懇願も、泣き声も、怒りも、河川敷の風みたいに気持ちよかったです。おそらくは本作に限らない、著者特有の技なのかな。

どのセリフも、彼らと同じ年齢のときの自分は耳にした記憶がないし、発したこともなさそうだけれど、でもわたしのいたあの教室や、わたしの歩いたあの通学路や、よく遊びに行ったあの公園や、お弁当を広げていたあの食堂では、彼らと同じ会話が交わされていたのかもしれないな、と、当時の同級生たちの顔を思い浮かべたりしました。

わたしが大人ではない時期を過ごしたのは、もしかしたらずいぶん晴れ晴れとした場所だったのかもしれないな。そう思いました。

2番目に収録されている「ほにゃららサラダ」について。作品を読む前にいいタイトルだなと思ったのですが、読んだらなおタイトルの良さが増したという珍しい体験をしたので、その点、記しておきます。

ところで、表題作の冒頭にある「林檎ちゃんの下着が見えているのをジェスチャーで知らせようとする」シーンを、本作を読んだ弟が大変に気に入ったらしく、わたしに向かってそのジェスチャーを繰り返してくるの、なんてバカなんだろう。

『少年』川端康成


「お前の指を、腕を、舌を、愛着した。僕はお前に恋していた――。」

裏表紙の作品概要がこの調子で始まるので、肉感的な物語を想像しましたけれども、思いのほか清々しかったです。

彼らの抑えがたい衝動を吸収するのに、さほどのエネルギーを要することなく読むことができましたし、少年とはこういう生き物なのだろうなぁと、その精神に触れたことがないにもかかわらず、違和感もありませんでした。作者、川端康成の名文のゆえかもしれません。

中学時代に寄宿舎で共に過ごした「宮本」と美しい少年「清野」との特別な関係。しかし、一線を越えることのなかったのは、
どうしたって肉体の美のないところに私のあこがれはもとめられない」
とあるから、どうやら宮本は清野を抱く気にはならなかったのでしょう。

「お前の指を、腕を、舌を、愛着した」のに、です。

作品の大部分は宮本の原稿や日記などの記録ですが、後半部に清野からの古手紙がひとつひとつ記述されています。これがすごくてですね、、、一文一文をタワシで洗いながら綴ったかのような身の締まる文章で、わたしにはこの一連の手紙がもっとも胸に迫りました。

ところで、裏表紙の紹介文にある「僕はお前に恋していた――。」ですが、本文では「僕はお前を恋していた」とあります。「に」ではなく「を」。
念のために記しておきます。

 『長距離走者の孤独』アラン・シリトー 訳:丸谷才一・河野一郎

長距離走者の孤独 (新潮文庫)

長距離走者の孤独 (新潮文庫)

7編収録の短編集。
社会規範や権威による犠牲が、ありとあらゆるところにあるのだということを知ることができます。どの作品の主人公もおよそ賢明な人とは思えないけれど、この世界は彼らのような人たちで満ちていて、わたしたちはそれぞれに、彼らの一部を有しているのだろうと思えました。



積まれた本がなくなりました。よかった。


 『ルーツ』アレックス・ヘイリー 訳:安岡章太郎・松田銑

ルーツ 1 (現代教養文庫 971)

ルーツ 1 (現代教養文庫 971)

ルーツ 2 (現代教養文庫 972)

ルーツ 2 (現代教養文庫 972)

ルーツ 3 (現代教養文庫 973)

ルーツ 3 (現代教養文庫 973)

著者の先祖をさかのぼって辿って、6代前のクンタ・キンテから始まる一家系の歴史をつづった作品。
故郷のアフリカ・ガンビアの村から白人に連れ去られたクンタ・キンテと、彼の曾孫にあたる、闘鶏師となったトムの話を中心に、アメリカで黒人奴隷として生きることを強いられた人々の姿が書かれています。


 『哲学者の密室』笠井潔

哲学者の密室〈上〉 (光文社文庫)

哲学者の密室〈上〉 (光文社文庫)

哲学者の密室〈下〉 (光文社文庫)

哲学者の密室〈下〉 (光文社文庫)

同じ作者の作品を読む場合、どうしたって前に読んだ作品と同等かそれ以上の楽しさを期待するものですが、前に読んだ『バイバイ、エンジェル』が良すぎたので、やはり超えることはなかったという感想になってしまうのが、心苦しい限りです。この作品も大変おもしろかったのに。
ただそのこととは別に。
作中の登場人物が過ごしたそれぞれの時間の中で、わたしはハンナの死の前の2週間が、誰のどの時間よりも濃密で哲学的であるように感じたので、その2週間の記述がなかったのが残念でした。笠井潔の筆で読みたかった。


 『ニーベルンゲンの歌』 訳:石川栄作

ニーベルンゲンの歌 前編 (ちくま文庫)

ニーベルンゲンの歌 前編 (ちくま文庫)

ニーベルンゲンの歌 後編 (ちくま文庫)

ニーベルンゲンの歌 後編 (ちくま文庫)

ドイツの一大英雄叙事詩
漢文の読み下し文のような、一詩節が四行でできている構成で、とっても読みやすい。四行を一節として、その連なりでできた物語をこんなに楽しく読めることが発見でした。


 『神様ゲーム』麻耶雄嵩

神様ゲーム (講談社文庫)

神様ゲーム (講談社文庫)

楽しく読めるけれど、準備された結末に感激できない!でもその結末に作品の意義があることもまた理解できるので、困ってしまうなー。
ただでは終わらないところが麻耶雄嵩の良さなのでしょう。