『車輪の下』ヘルマン・ヘッセ 訳:高橋健二

車輪の下 (新潮文庫)

車輪の下 (新潮文庫)

太陽がいつも雲のうしろに隠れているような小説です。のびやかでないし、生き生きとしていないし、押し寄せるエネルギーもないし、登場人物の足元にくっきりとした影も見当たらない。たまに光が差すと、それは月の明かりです。

でも太陽はいつも雲のうしろにあるということがわかる小説でもあります。

嵐のような強いインパクトはないけれど、降らないと思っていた雨が急にポツポツと降り出してきたときの、かすかな鼓動の速まりがあります。それは物語の最初からあります。逆の言い方をすれば、雨が降り出すのを読者は心のどこかで待ちながら読むことになるのだろうと思います。鼓動が戻るとき、わたしたちが描いていた未来は取り戻せないところに行ってしまっています。太陽がようやく顔を出すのはそれからです。

いじわるな物語だと思うのと同時に、美しい小説だと思わないわけにもいきません。主人公のハンスは幸運な子供ではありませんが、神に愛された子供であったのだろうと思うからです。

神に愛された子供であったハンスを、作者は大人にすることができなかったんだと思う。