『葬送』第一部 平野啓一郎

朝の読書習慣2015の6

葬送 第一部(上) (新潮文庫)

葬送 第一部(上) (新潮文庫)

葬送 第一部(下) (新潮文庫)

葬送 第一部(下) (新潮文庫)


19世紀パリの社交界を舞台にした歴史小説。音楽家フレデリック・ショパン、画家ウージェーヌ・ドラクロワ、小説家ジョルジュ・サンドを中心とした芸術家たちの交流を軸に、彼らの苦悩や愛憎、哲学的な思索を書いています。

第一部は主に、ショパンとサンド夫人との愛人関係のほつれから破綻までが描かれています。そう、この小説ではすでに「ほつれている」ところからスタートしているので、ふたりがどのようにして出会い、どのようにして惹かれ合い、どのようにして互いを愛人とし、世間にもその関係を認知されるにいたったのか、はほとんど書かれていません。恋愛ですから、恋に落ちるときは落ちるのでしょうけれど、ふたりの結末から振り返ってそれまでの道のりを眺めると、なんだってこの相手を選んだのだろうかと思うしかないような刺々しい道が見えるばかりです。現実には当然、穏やかな時期もあったのでしょうけれど。

サンド夫人の家族間の不和、特に長女ソランジュとの確執が苛烈で、それに巻き込まれた形になっているショパンは、彼の態度にいくらかの問題点があるにせよ、やはり気の毒と言うほかありません。ただ、ショパンを間に挟んで繰り広げられるこの家族の愛憎劇は、物語の大きな魅力のひとつになっています。サンド夫人の母親としてのプライド、ソランジュの娘らしいわがまま、ふたりの間にいるショパンの難しい立場、それぞれの状況や心境がよくわかって、わたしは誰に肩入れすることもできませんでした。

終盤では、愛人の娘との不和に、どうしようもなく心を痛めたショパンが、友人である画家ドラクロワのところに相談に出掛けるシーンがあります。それまでショパンドラクロワは物語上さほどには交差していなかったのですが、ここにようやく結び目ができるのです。わたしはこのシーンがとても好きです。