2008-01-01から1年間の記事一覧

 「世の中って、ねえ、人が思うほどいいものでも悪いものでもありませんね」

『女の一生』の最後の一文です。「世の中って、ねえ、人が思うほどいいものでも悪いものでもありませんね。」このセリフで370ページの物語が終わるのです。このセリフで! この一文で物語を終わらせられるというのは、驚異的じゃないかと思います。いや、言…

 夫の不実

ずいぶんとひどい話になってきています。ジャンヌの夫ジュリヤンは、妻であるジャンヌと新しい生活を始めたその日から小間使いのロザリと関係を持ち、ロザリは彼の子を産み落としてしまいます。何も知らないジャンヌはロザリの子供を私生児であったとしても…

 生きた家具

フランス文学というのは、美しいものをより美しく、醜いものをより醜く描こうとします。そのために修辞的な表現がすごく多い。彼女の肌は、なんとかのなんとかのようにきめ細やかで、その色はなんとかのなんとかのように白く透き通り、なんとかのなんとかの…

 19世紀のフランス

ある貴族の家に生まれた娘の物語。 理論家の男爵は、娘を幸福な、善良な、そして優しい女に育てたいと思って、教育の計画をすっかり立てていた。 娘は十二の年まで家におかれたが、それからは、母親は泣いてそれをいやがったけれども、聖心(サクレ・クール…

 オンリーロンリーグローリー

冒頭がすばらしくかっこいいとお伝えしたヘルマン・ヘッセ『春の嵐』ですが、(ちなみにこれ、原題は『Gertrud』(ゲルトルート)つまり女性の名前なんですね。『ゲルトルート』の邦題を『春の嵐』にしてしまう感性を訳語としてどう評価するべきなのかよくわ…

 冒頭にある終着点

冒頭の一ページが、おもいっきりかっこいい小説というのがあります。わたしにとってそれはポール・オースターの『ムーン・パレス』だったり、レイモンド・チャンドラーの『ロング・グッドバイ』だったりするのだけど、ヘルマン・ヘッセのこの『春の嵐』も最初…

 だりや荘

両親をなくした田舎で一人暮らしをしている姉の椿(つばき)のもとへ、夫とともに東京から引っ越してきた妹の杏(あんず)。両親が死んでから休業していたペンション「だりや荘」を三人で再開します。三人の共同生活。 小さな頃から、この世から少しずつ消え…

 サマータイム

最初から最後まで読んで、『サマータイム』というタイトルが爽やかに動き出す、そんな短編。 小学五年生の進(すすむ)がプールで出会ったのは、左腕を失った二つ年上の男の子、広一(こういち)君。母親がジャズピアニストの広一君の家にはグランドピアノが…

 白夜を旅する人々

大学の授業での参考図書として購入した小説です。大学の先生がオススメする本なんてどうせつまんないんだろうなと思っていましたが、これはよかった。教えてもらってなかったら、きっと自分の力では探り当てることなく終わっていた本だと思うので、めぐり合…

 深紅

家族を殺された少女が、自分の家族を殺した犯人の娘に会う。そういうお話。奏子(かなこ)には家族がいました。父と母と幼い弟ふたり。でも小学六年生のときに自分以外の家族四人をすべて失います。奏子が修学旅行に出掛けているあいだに、四人は殺されてし…

 きみのためにできること

こいつ、ばかだな。と思う。 テレビ番組製作の音声を担当する高瀬俊太郎には、5年付き合っている幼なじみの彼女がいます。名前はピノコ。本名は日奈子だけど、顔が手塚治虫の『ブラックジャック』のピノコに似ているので、ずっとそのあだ名で呼んでいます。…

 密やかな結晶

ひとつひとつ何かを失っていく島。 消滅―それはある日突然やってきます。リボン、エメラルド、鈴、切手、香水、鳥、フェリー、いんげん、バラ… この島の人たちはそうした心の中のものを順番にひとつずつ、なくしていかなければならない。 消滅が起こるとしば…

 怪盗紳士ルパン

アルセーヌ・ルパンの短編集。 ルパンの友人によって語られる、船上でのロマンチックな逮捕劇「アルセーヌ・ルパンの逮捕」 刑務所の中にいながらにして、とある城の財宝を盗み出す「獄中のアルセーヌ・ルパン」 ルパンの変身術と心理誘導が見事に描かれた「…

 69 sixty nine

1969年。今までの三十二年間の人生の中で三番目におもしろかった年。17歳。 本当におもしろかったんだろうなと思います。読んでるわたしたちが楽しめるかどうかということよりも、とにかく文章が楽しそうなのです。勢いがあって、欲望があって、怠慢があって…

 ヴェネツィアの悪魔

イギリスの大学で印刷業を研究しているダニエル・フォースターは、自分が調査していたヴェネチアの元出版業社の家に資料整理のアルバイトとして雇われることになります。その家の主人のスカッキと恋人のポール(ふたりは同性愛者)、それから二人のよき友人…

 交渉人

コンビニ強盗犯が患者を人質にして病院に立てこもった――。事件にあたったのはネゴシエーターとしての豊富な知識と経験を持つ石田警視正と、彼にそのイロハを教わった元研修生の遠野麻衣子。人質を無事解放し犯人逮捕を目的として進められる交渉は石田警視正…

 出口のない海

第二次大戦中のひとりの野球部員の話。 甲子園の優勝投手として将来を期待されていた並木浩二。しかし彼は大学に入ってすぐ肘を壊し、マウンドに立てなくなります。根気良くリハビリを続け、できる限りのトレーニングもしましたが、肘が完全に元に戻ることは…

 雨恋

幽霊と僕のささやかな恋の話。 長期出張で家を留守にする叔母に、飼い猫の世話を頼まれた沼野渉は、ひとりで叔母の家に住むことになりました。 その家には幽霊が居ました。名前は小田切千波。 彼女は雨の日になると必ず自分が死んだその場所、つまり沼野渉が…

 約束

七つの短編。 この本のタイトルにもなっている『約束』は、親友を失った小学生の男の子の話です。 在原葉治(ありはらようじ)は、土井汗多(どいかんた)にとってほんものの英雄だった。 でもある日、ヨウジは学校の帰り道に通り魔に刺されて死んでしまいま…